一週間の体験の中で産まれた作品









何か身につけているものが元気や自信を与えてくれるということがあります。それは時にオレンジ色のコートだったり、古いフエルト帽だったり、お気に入りの指輪だったりします。私はふだんアクセサリーはほとんど身につけないのですが、ちょうど一年前に手に入れた 玉がふたつ指の間にでる指輪は例外です。なんとなくうきうきするような気分にさせてくれるのです。白い水玉もようが付いた赤いガラス玉はイタリアのムラノのものだそうです。玉の部分は他に金属、自然石などもあり、柄や色もたくさんのバリエーションがあります。その PIECE A CONVICTION というブランドの作り手は何度か顔を合わせたことがあったマリーとギラン。彼らと私の 共通の友人であるコリーヌさんはいつも素敵にコーディネイトされていて、彼女のつけていた指輪を良いねぇと言っていたら、展示会の日を知らせてくれたのでした。コリーヌさんの
パートナーのユリースさんの場合は “この指輪を忘れて出てしまうとそわそわしてしまって、なんだかおちつかないんだよねぇ”と言うほどです。 気にして見ていると、彼らのお友達もよくその丸い玉 を指の間に光らせているのに気付きました。なんだか隠れた暗号のようです。 もともとは彫刻を作っていたと言うギラン。“私も彫刻をやっていたのだけど、作る場所や保存する場所の関係でだんだんと小さいものや写真などの平面に表現方法がかわってきたんだよね“と話すと、彼も同じで、以前は溶接をしたり、ガラスを吹いたりと大きなものを作っていたようですが、立体で同じ流れを持ちつつもアクセサリーや身につけるものに発展していったそうです。ベルトやかばん、メガネなどもあるそうですが、いずれも二つの玉がポイントになっています。ヨーロッパをはじめアメリカやロシア、日本でも購入出来るようです。 以前はパリのモードのサロンなどに出展していたようですが、ここ数年はユリースさんのアトリエなどを借りて季節ごとに単独で展示会を開いています。”そのほうが自分たちのやりたい方法に近いんだ”と話してくれました。数年前にパリを離れてノルマンディーに家を購入した彼ら、5月にはそれを売って スペインとの国境近くのランド地方にさらに大きな家を購入したとのこと。その家の改装に奮闘中の日々だそうです。
やりたいと思ったことをどんどん行動に移していく、とてもエネルギッシュなふたりです。そんな姿勢がおそらく作品に現れているのでしょう。私も元気をもらっているように思います。 PIECE A CONVICTIONは辞書には証拠物件と訳されています。彼らの作品をたどって行くと想像もしないような真実が浮かび上がるかもしれません。アクセサリー、飾りという枠を超えた何か深いものがあるように思うのです。
http://www.pieceaconviction.net/ で彼らの軌跡が記されています。

作品を観て、その作家が伝えたいことがわかるという自信はあまりないのですが、わりと感覚的に、これが好きだとか、その作家のことが好きだとか思います。わからないながらも“好き”とはどういうことなんだろう?と考えました。その作品 、またはその人のことをもっと知りたいと言うことじゃないかなぁと思ったのです。
最近、Cy Twomblyというアーティストが気になっています。今年の夏に偶然出会った展覧会ですごく好きだなと感じたのです。
このアーティストの絵、彫刻を 最初に見たのは、おそらく2002年 、場所はドイツです。フランス、ナントの美術学校からバスで美術鑑賞ツアーのようなものに来ていたのです。デュッセルドルフとケルンを中心に美術館やギャラリーを見て回りました。特に先生の説明が丁寧にある訳でもなく、入り口で皆チケットをもらって、それぞれ見たいように見てという自由なものでした。その時のメモに Cy Twombly の名が残っているのですが、自由な線が描かれた絵に妙にひきつけられたのを覚えています。
そして名前、これはなんと発音するのかなぁ、なに人?と不思議に思ったのです。それから一年ほど経って、パリのポンピドゥーセンターの一角でわりと小ぶりな彼の展示に出会いました。うっすらとしか覚えていないので、その時に見た絵はあまり心に響かなかったのかもしれません。今年の夏にアヴィニョンとマルセイユに行ってきました。アヴィニョンはちょうど演劇のフェスティヴァルの真っ最中でにぎやか、夜まであちこちで演じる人や音楽を演奏する人で盛り上がっていました。その旅に出る直前に会った友人が“アヴィニョンに行くならぜひ行ってみて”と“CollectionLambert”(パリにYvon Lambertというギャラリーがあります。その Lambert さんのコレクションを公開する、18世紀の建物を利用した素敵な美術館です。)のDMをくれました 。話を聞いて、自分の中でそこに行こうと決めていたので、その場所以外
の情報は気にかけませんでした。行きついてみると Cy Twomblyの展示と書いてあることに気付きました。思いにもかけなかったので、すごく嬉しくなりました。一歩足を踏み入れると、色といい、線といい、 Cy Twomblyの世界が広がっていました。いいなぁ、好きだなぁ、、と血が騒ぎ始めました。 そういう“本物”を目の前にすると、どきどきとして舞い上がってしまうのですが、 そんな気持ちを落ち着けながら、できるだけのものを感じ取ろうとしました。作品を観ているとこの“感覚の持ち主“についてすごく知りたくなりました。 彼の絵に文字が書かれていることがあるのですが、“Haiku”とか“Kusunoki”とか“Kiraku”とどうやら日本語も混じっています。どういう背景があるのでしょう。その作品がぐっと近く感じられました。 どんな作家でも気になる作品に出会うと、それを作っている“人間”にも興味がわいてきます。 併設のショップで作品集を じっくりと観覧 、今回の大発見は彼の写真の作品集です。(絵と彫刻しかしりませんでした)それが何とも美しい、、 、いつか本物の写真を見てみたいものです。
カタログには収まり切らないものが沢山あります。いま手元にあるカタログを手がかりにして も、実物のあった空気を、その時の感動を頭の中に再現することは難しいのです。また見たいなぁ、、と手元にある資料を読んでいると2008年にはルーブル美術館で天井画の依頼を受けていると言うことが書いてあります。 彼は1928年生まれです。その彼の80年の歴史とルーブルの歴史が出会うわけです。それを前に自分がどんなことを感じるのでしょう、ものすごく 楽しみです。






森田幸子 profile 高校、大学と美術系、98年に渡仏。ナントのボザールを卒業してパリに住み始める。創作活動をしながらささやかな日々を楽しんでいる。
年末年始パリを離れていました。もどるとすぐに写真の仕事の依頼が入り、更新が遅くなってしまいました。その仕事を何とか終え、先日、念願のくるみ油の製造を見せてもらいに行って来ました。この連載「パリ便り」vol.1で、くるみのオイルのことを少し書いたのですが気になっていたのです。だから次に作る時はぜひおしえてね、と友人に言ってあったのでした。
Loudunという町の近くにある“Huilerie des Roches”というくるみ油を作っているところ(工場と言うより、風格のあるアトリエです)に連れて行ってもらいました。あまりにローカルな場所で誰も見当がつかないと思うのですが、パリから南西に電車で1時間半、そこからは車で45分くらいの場所にあります。
くるみ油はその工場で収穫したくるみでも油を作って販売しているのですが、今回お世話になった友人のお父さんのように、自分の家で収穫したくるみを持ってきて油にしてもらう人が沢山いるようです。到着すると、もう何人もの人が自分たちの油が搾り上がるのを待っていて、なかなかの熱気です。その熱気の中で何よりすごいのがくるみの香りです。前もって友人から、匂いが染み付いても良いような格好で来てね、と言われていたのですが、この香りならいい!と思えるくらい香ばしいくるみの香りが充満していました。
持って来たくるみを計量、確認してもらうと、大きな石で挽いてくれます。粉々になったくるみに香ばしく火を通して、圧力で油を搾り出すという行程です。友人のお父さんはくるみ油のために、この日までひたすらくるみを割っていたそうです。くるみの量は今年は17キロほどだったそうですが、去年はその2倍あったそうです。
私が特に興味を持っていたのが、くるみパンです。くるみ油の精製の途中、くるみに火を通す時、窯に一緒にパンを入れてもらうのです。そうするとくるみの油がパンにしみ込んで、まるでパン粉をまぶしたようにパンのまわりにくるみがまとわりつきます。それを持ち帰り、サラダに入れたりして食べるのです。その晩には友人の家の庭で穫れたマーシュと共に頂きました。噛みしめるごとにくるみの香りが口に広がります。パンはそれぞれが持って行くのですが、私もパリからパンを2種類買って持って行きました。最近気に入っている白いパンとポワラーヌのパンです。やはり、パンが違うと味も食感も違います。その場で頂いたパンはとても美味でした。そして、工場の方が搾り立ての温かい油を小さなコップにいれて味見させてくれました。とろんとまろやかで甘みがあり、なんとも深みのある味でした。
話に聞くと、くるみはとても体に良いとのことです。カルシウム、鉄分、ビタミンA,B,C,E、そしてコレステロールも下げるとか、他にもいろいろな効果があるそうです。そんな本物のくるみの油は、貴重な油です(くるみの実1.7kgで 約1Lの油ができます)。よくスーパーで売っているのは、くるみの香りが付いた植物油であることが多いのです。
“Huilerie des Roches”では搾ったあとのくるみが残ると、それは別の業者が買い取って“くるみ風味の植物油“をつくると言っていました。私はくるみ油がなくなると友人に頼んで頂いていましたが、どこのお店でも並んでいるものではないようです。
あっという間の2日間でしたが、とてもあたたかい心にふれました。そして土地がもたらす産物に感心。“ありがとう”という一言では伝えられないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。そう思いながらも、結局は“ありがとう”としか言えないのでした。この気持ちってどこまで伝わるんだろう、、、。
帰りの電車の中からだんだん夜になっていく空をみているとジーンとしてきました。日々丁寧に 生活しているなかで出来てきたものや習慣、またいつでもおいでねと言ってくれる人達。持ち帰ったパンやその土地の蜂蜜、庭のハーブ、お花、パテ、お菓子などを頂きながらそのしあわせな空気を 思い出すのでした。










去年咲き終わったヒヤシンスを土の中に入れておきました。庭に白いものがあるなぁと、見に出てみると球根から伸びた葉の間にたくさんの花が咲いています。おどろきと同時にすごく嬉しい気持ちになりました。春がやってきたんだなぁとまわりを見渡すと、色々な所で変化が見られます。日も随分長くなりました。気温も上がってきて、すこしずつ薄着になってきています。そうなると身も軽くなり、あれもこれもと色々なことに興味が出てきて外に見に行くようになりました。ちょっと足が遠のいていたギャラリーや美術館にも時間を見つけては行くようになりました。なにかを吸収したい、そんな気分です。これも春だからなのでしょうか。
“スポーツ”とはほとんど縁がない生活を送っている私ですが、先日はパリのハーフマラソンを見に行ってきました。友人が参加すると言うからです。高校の体育の授業で、毎年鴨川沿いを往復して12キロほど走るマラソンがありました。それ以来長距離を走っていませんが、私にとってはただ苦しかった思い出しかありません。その所為か、走ることってなにがいいんだろう?と思っていました。実際見に行ってみると、いろいろな発見がありました。 何かを頑張っている人、挑戦している人ってとても素敵だということ。 若い人もおじさんもおばさんも 群れになって自分の目の前を駆け抜けて行きます。中には子供を乗せたベビーカーを押しながら走るお父さんもいました。
走ることによって、普段気付いていない自分を知ることができるんじゃないかなとも思いました。身体、気力の問題、つらいことをどう乗り越えるか。 足を踏み出すのは自分であって、それはたった一人の自分しかできないということ。一人ではあるけれど、仲間はいます。励まし合ったり、追い抜いたり、追い抜かれたり、、と。パリの街をドーッと走り抜ける人達 のなかに人間の社会の縮図を見たような気がしました。
走っている人々の脇には応援している人がたくさんいます。そして、音楽を演奏している人達もいました。辛そうな表情で走っていても、その前を通る瞬間は少し表情がゆるんで いました。みんな心からありがとうと言っているようで、拍手したり手を上げたりしてミュージシャンに合図をしていました。この相互関係がなんとも純粋なものに感じました。
演奏を耳に、よし頑張ろうと走り続ける選手達、頑張れ!と演奏に熱が入るミュージシャン。
交差する視線に感動してしまいました。見にきてよかったなぁと。元気になったような、そんな気分で帰路につきました。
花にしても、マラソンにしても、 時間差でふいに私に元気のもとをふりかけてくれてくれている、そんな春先です。


急な仕事が入って、ナントに行ってきました。私が美術学校に通った街でもあり、ビスケットのメーカー“LU”の発祥の地でもあります。
予想はしていましたが、あいにくの雨(雨が多いところなのです)、分刻みで大雨と晴れ間が入れ替わるような天気でした。
そう言えば、学校の試験で初めてナントに来た時もこんな空だったな、と懐かしく思いました。
仕事を終えた翌日は自由に街を楽しみました。
学校、マルシェ、パン屋、カフェ、住んでいた頃によく通ったところへ、何かを確認するかのように廻りました。
学校にはずっとそのままになっていたディプロムの証明書を取りに行きました。
それから、とてもお世話になった版画アトリエのジャンミッシェルを突然の訪問でおどろかせ、懐かしい話をいろいろ。
相変わらず彼の作業服の背中には魚が描かれた紙がつていました。普通は“四月の魚“と言って、4月1日にこっそりと誰かに貼られるものなのですが、彼の場合は自ら貼り、しかも年中つけっぱなしです。 金魚鉢型の 透明なシートに保護されていました。ちょっと、変わり者、、、なのです。頑張るようにと励まして頂き、学校を後にしました。
お昼過ぎには閉まってしまうマルシェに急いで向いました。マルシェのおなじみのおばちゃんが焼いているクレープ、イタリア総菜屋のペストソース、 大好きなブリオッシュ・ヴァンデェエンヌを買いました。

5年と言う時間を色々なものを通して感じました。
駆け足の一日でしたが、最後に一つ心に残る作品に出会いました。
Luの工場が“LE LIEU UNIQUE ”というスペースとなって現在は使われています。
コンサートやダンスなどが開催される空間、展示空間、カフェ、レストラン、本屋さんなどが中にあって、面白い企画がよくあります。そこで展示されていた、THOMAS MCINTOSHというアーティストの“Ondulation ”という作品です。暗い空間に大きなスクリーンがあって、そこに映像が映されていて、音楽と共に常に変化しています。
それから、後ろにまわると同じ幅の大きなパネルに水が張られていて、それが振動で波紋を描いています。
ここで音と振動と光と映像の関係を体感します。
これをぼーっと眺めていると何とも、心地がよかったのでした。
電車の時間さえなければもっとそこに居たかったのでしたが、、、
最後に心がさらっとしたような、いい気分になってナントを後にしました。
奨学金とアトリエを一年間頂けたことがきっかけでナントからパリに引っ越しまし
た。
それから、はや五年が経とうとしています。
常に今いるところが自分の居場所なのかどうか、問うているような日々でした。
そもそも、居場所ってよういされているのか、いないのか、それともつくっていくものなのでしょうか。
ナントにもどって、忘れていた自分にであったような気がします。
そして故郷はいろいろなところにつくれるようです。
パリがいつか故郷と思えるような日がくるかもしれません。
















ポンピドゥーセンターの近くにすごく好きなお店がありました。ファクターセレストというお店でしたが、今年の7月に閉店しました。いろいろな国から来た雑貨や、作家さんが作ったアクセサリーや小物がところ狭しと列び、奥にはカフェスペースがありました。小鳥が何羽かいて、お茶をしていると鳥の鳴く声が聞こえてきたり、、、。
そのまた奥にはアトリエがあって、ものつくりのワークショップがひらかれていました。地下では針穴写真のワークショップがあったりミュージシャンが練習用のスタジオにしていたりとユートピックな世界がひろがっていました。何よりも私にとって魅力的だったのがお店にいた人達でした。デルフィーヌがもともと靴屋さんとして始めたそうですが、彼女のセンスと人柄がにじみ出るお店は手伝っている人や集まってくる人もみな素敵でした。いろいろな国をルーツに持った人が集まってきていて、彼女がつくる“ginbriscus ”というハイビスカスと生姜がベースになっているジュースを飲みながらよく話に花を咲かせていました。お店を手伝っていた女の子達も、ちょっとお客さんが途切れると手元では針をチクチクとうごかして、常に何かを生み出しているんだなぁと感心しました。もしかしたらそのもの(その作品)はなくても生きていけるのかもしれませんが、それが在る世界をみてみたいという好奇心、美しいものや心に対する欲、それが日々の生活を豊かにしているのではないかなぁと彼女達を通して思ったのです。そう言う心の豊かさが出会う空間だったと思います。その美しさは決して表面的ではなく心のそこから溢れ出てきたものです。それらを通して、日々の生活で垣間みる問題など(時に政治や、人種の問題だったりします)が和らいだりするかもしれないのです。そう言う意味でも私にとってすごくユートピックな世界に感じました。
無くなってしまってすごく残念なのですが、デルフィーヌは新たなプロジェクトがあって、その話を聞いた時もなんとも素敵だなと思ったのです。彼女は日本とアフリカにすごく惹かれるものがあると言っていたのですが、アフリカに家をつくるというのです。久々に彼女のブログ(http://facteurceleste.blogs.com/)をのぞいてみると、土の壁の家がどんどん出来上がってきています。その家にみんなを招待できるようにするとか、、、“スゴーイ“彼女がよく言っていた日本語の一つですが、本当にすごいと言う言葉に尽きます。
いつを境に人を“おとな”とよぶのかわかりませんが、デルフィーヌのような“おとな”に憧れます。自由でいつもきらきらと目を輝かせている“おとな”ってとても魅力的です。そしてその目のきらきら具合いが好奇心の表れだとも思います。











知り合って、8、9年になる友達の一人ヴァレリーがいます。12月に入ってからクリスマス前にうちで展示しない?と電話をかけて来てくれました。準備期間1週間で、なんとか家にあった作品を額に入れてポワチエまで行ってきました。彼女は建築家です。私がナントのボザールに通っていた頃、ちょうどナントの建築学校の学生でした。その後、彼女はバルセロナに研修に行き、私はパリに移り住みました。二人ともナントを離れて、そう頻繁ではありませんが、たまにメールや電話で連絡を取り合っていました。
現在はポワチエで建築事務所兼家具屋さんを運営しています。家具屋さんのほうはパートナーのジャンイヴの担当ですが、なんとも素敵な空間に仕上がっています。その20世紀の家具が並ぶ空間での個展となりました。
ナントで学生の頃はほぼ毎週末にご飯に呼んでくれたり、右も左もわからないような私をいろいろと助けてくれました。車を買って練習中にガソリンが底をついて(!)ピンチになった時もペットボトルをもって助けにきてくれたのは彼女でし
た。建築学校を卒業してからは知り合いの建築事務所で働いていましたが、今から1年半ほど前に自分の事務所を開いたのでした。いろいろとあって大変そうだったのですが、たくさんの依頼も入って、順風満帆のようです。
お店の内装や、個人邸の依頼といろいろあるようですが、バリバリと仕事をしています。彼女を見ると勉強したことをちゃんと仕事として循環させていてえらいなぁと思います。最近はアパートも買ったとのことで、工事前の何もないところを
見せてもらいました。珍しいコンクリートで出来た1950年の建物です。これから自分で図面をひいて部屋を作って行くそうですが、160平米のだだっ広い空間です。自分が住む空間を考えて形にして行くのはさぞかし楽しいだろうなぁと思います。
自分の家を作るというのは何度もないはずです。そう考えるとふだん建築家とは人のことをたくさん考える人ではないかと思います。自然がもたらす恵みをどう取り入れて、建物の中ではどんな気分が持てるのか想像して、そして実用的であることも要求されます。ちょっとしたディティールや、色や、素材などが言葉を発します。それらを上手くまとめることを考えると私には頭がパンクしそうなくらい大変に思えます。
そんな中でおそらく日々の経験が生きて来るのではないでしょうか、見たもの、感じたもの、、、私が想像できないほど大変なことや責任があると思うのですが、 彼女のフィルターを通し、 一つ一つ階段を上るように完成させて経験を積んでいるように思います。
今は忙しくて時間がないと言っていますが、以前は彫刻を習っていたり、フェンシングとかゴルフとかも習っていて、色々なことに興味を持っているようです。
料理も上手で、ジャムも自分で作っていたりします。アプリコットとローズマリーとか、桃と丁子のジャムなどお店では買えないような物を作っています。
夏にはマリアージュフレールの紅茶をつかったアイスクリームも御馳走になったなぁと、いろいろと思い出します。私たちの共通点は“おいしいものに目がない”というところなのですが、サンマロで一緒に過ごした2007年の年末もおいしいもの探しの旅となりました。スパイス屋さん、ビスケット工場、バター屋さん、クレープ屋さん、紅茶屋さん、横で豚を飼っているお肉屋さん、、、挙げるときりがありませんが、おいしいものがあるところへと案内してくれました。心もお腹も満たされての年明けでした。友達は大切にしようとあらためて思った2008年の年始です。










数日前からすっきりとした空の日が続き、すっかり春がやって来たような気分です。まだ気温は低いのですが、春に向けての準備をしようと思いました。寒いとなかなか庭に出る気がしないのですが、随分とほったらかしにしてあった雑草や、枯れた葉などを取り除きました。寒い日が結構続きましたが、苺はしっかりと生き残っています。
そして、クロッカスの花がひらいていました。2月に植えても良いといわれたアカンサスという花の種を持っていたのを思い出し、植えてみました。今年の気候はどうなるかわかりませんが無事に育ってくれると良いなと思います。秋に葉っぱが散ってから、枝しかない木々を触ってみると張りがあり、春に向けての準備は着々と進んでいるように感じました。
街の中の木々も葉っぱがない分、普段より建物に目がいくのですが、散歩をしていると色々な発見があります。うちのまわりはわりと近代建築が多く、そのなかにも色々なスタイルがあって、ディティールを見ているとなかなか面白いことに気付きます。
ルコルビュジェの建築もわりと近くにあって、建物の前にあるスタルクによってデザインされた看板が説明してくれます。
現代アート作品を想起させるものもあります。Niele Toroniの作品のような壁がありました。建物はパリ市のHLM(公団住宅のようなもの)なのですが、1957年に建てられています。Niele Toroni は1937年生まれのスイス人で、1959年からはパリに移り住んで活動しているアーティストです。No.50の筆で30センチ間隔に色をつけていくというのが主な作品です。少し歩いたところにあったカフェの外壁のデコレーションも個性的でアート作品のようだったり、幼稚園の壁や窓に描かれた鳥の絵のモチーフがとてもかわいらしかったり、色々な所で素敵なものに出会います。 よく、壁に描かれたグラフティーアートにも出会うのですが、中には素敵なメーッセージがたくされたものもあります。セクシーなお姉さんの絵の下にはミスティックというサインがしてあります。そのアーティストはラジオの番組の取材にも答えていたので、おそらく名が知れているのだと思います。彼女の絵で飾られた車も発見しました。 街の中のゲリラ的なアートには賛否両論だと思いますが、個人的にはこれもまたいいものではないかと思うこともありました。ちょっと気分がぱっとしない時に彼女のメッッセ−ジを読み、なんだか励まされたような気持ちになったことがあるのです。普段気にもかけていなかったけれど、絶妙なタイミングで目にしたのです。
その時はものすごく心に響きました。日が落ちると、国立図書館の窓のイルミネーションが輝き始めます。こちらはクリス
マスの時期から光が灯されていたので、クリスマスに因んだものだと思っていましたが、現在も開催中の展示に絡んでいたようです。窓に灯されたXという字をなんとも不思議に思っていました。ささやかではありますが、こうやって少し歩くだけでおもしろい発見があるのです。展覧会に足を運ばなくても、時には美しいものや、心に響くものに街の中でも出会えるのだと思います








美しさはリアリティーの中にあると言うことを表現したいと写真家HELEN LEVITTは言っていました。リアリティー:現実とはただそこに在るわけですが、同時にいろいろな現実が共存しているのです。また各人がそれぞれの視点をもって世界を感じているのだと思います。どの現実に身を置いて、何をどう体験するのかは自分で決めていけるのではないでしょうか。パリで生活をして、ここにある今を体験していること、それも私の一つの選択です。どんな状況でものを作るかは大切な要素の一つのように思えます。自分を定義し表現すること、意識しなくても、日々の生活の中で人がしてることと思います。その意識していない部分にも時々目を向けて行きたいと思っています。
いろいろと考えていると、土を触って野菜などを作ることに興味が出てきました。うちの庭で野菜や花を育てた喜びも影響しています。土を触ると何とも言えない安心感が湧いてきます。そして植物達が与えてくれるエネルギーの真っすぐなこと。自然の中にヒントがあるのかもしれません。それに気付いて5ヶ月経った頃、1週間の農家での体験に巡り会いました。場所はレンヌから北東に約40キロのところ、地図にも記されていないような小さな村です。そこで生まれ育ったという夫婦の家にお世話になりました。アニーさんは有機野菜、旦那さんのクリストフさんは50数頭の牛を飼って牛乳を生産しています。とてもシンプルで何一つ ”贅沢なもの”はありませんが、人が持つ強さ、豊かさが感じられました。肘や袖がボロボロのセーターに泥のついたジーンズという出で立ちでしたが、”なんて素敵なんだろう”と思いました。手はごつごつとして、爪の先は土で黒くなっています。その働く手は私の目にすごく美しく写ったのです。
アニーさんはフランスの各地、特にレストランからの注文を受けて野菜を発送しています。毎日注文が入った分だけ収穫してその日のうちに送るというシステムです。その他は週3回ほどの市場での出店です。
1週間、有機野菜の収穫、畑の手入れ、種まきなどをお手伝いしました。チコリがどのように育つのか、想像もしませんでしたし、雑草と思っていた草が食べれるとか、腰を屈めてはアスパラガスを延々摘み取って、クタクタになりましたが、その汗の爽快なこと、、、毎日が発見の日々でした。もちろん自分の弱い部分もたくさん発見しましたけれど、、、果てしなく続く大地を見て何とも言い表せない感覚を感じました。
まさに百聞は一見にしかずということで、人々から、自然から色々なことを教えてもらいました。頭の中で描いていたことを実行して、一歩前進した気分です。畑仕事の後にごろーんと寝ころんでみました。目に見えるのは大きな空のみです。なにかすーっと大地にとけ込んで行くような感覚を覚えました。
最後の日はレンヌの市場で野菜を売るお手伝いをして終わりました。市場に着いてスタンドを立ち上げる前からお客さんがやって来て野菜のケースをのぞき始めます。
アニーさんの野菜が人気なのがわかりました。中には三ツ星レストランのシェフも見られました。アニーさんはこの仕事を始めて約25年、最初の10年はまったく稼ぎがなかったと言います。そんな話を淡々とするけれど、とても自分のやっていることに確信を持っている様に感じました。有機栽培になると、作業がどっと増えるそうですが、きっとその野菜は人を幸せにするものに違いないと思います。自分たちはここで生まれ育って、当たり前のように農家を継いだけれど 、この仕事が好きなんですと言う彼らの姿にはものすごく強いものを感じました。
自分は消費社会の歯車の一部でしかないような気もします。それに気付くとものを手に入れる、買う喜びにも疑問を持ち始めています。経済社会とは切っても切れない関係だと思いますが、もう少し自然や大地に近づいて行きたいなと思います。
日々の生活の中でなくなったら困るものの一つがラジオです。
思えば、東京での学生生活もテレビなしで、毎日ラジオを聞いていました。現在も同じで、テレビのない生活です。文科系の局や、クラッシック、ジャズ、ニュースばかりの局などいろいろありますが、偶然聞こえて来る話や、曲が心地よく感じるのです。たまに友人の家などでテレビを見ると映像が伝える”現実”に 迫力を感じます。時には必要だと思うのですが、私の場合はどうしても見入ってしまって、テレビから離れられなくなってしまうのです。ラジオだと、想像すると言うか話を聞いて自分で映像を作りあげるという感じです。偶然性とあまり押し付けない存在が自分の生活に合っているように感じます。1日のうちに何度か局を変えるのですが、たまにいい番組に出会うと得をした気分になります。
先日はフランスのアーティスト、ソフィー・カルの声がラジオから聞こえてきました。私は作家の背景にもすごく興味があるので、作品についてのエピソードや、作家の考えを聞くのが大好きです。普通にどんな声で、どんな話し方をして、どんな雰囲気があるのかを感じるだけでも貴重だと思います。
彼女は現在BNF(国立図書館)で”Prenez soin de vous”という展示をしています。ラジオを聞いてからすごく気になって、観に行きました。もしその番組を聞いていなければ、観に行ってなかったかもしれません。
普段はメトロにもあまり乗らないし、雑誌や新聞も滅多に買わないので、広告を目にする機会が少ないのです。私のほとんどの情報源はラジオと言っても良いくらいです。たまに逃して悔しい思いをする展示や催し物もあるわけですが、、、。
あともう一つラジオで聞いて気になったのがルーヴル美術館でやっているヤン・ファーブルの展示です。彼の場合は力強い英語でインタビューに答えていたのが印象的でした。東京で1995年に“水の波紋”という展示があったのですが、その時のヤン・ファーブルの作品がとても印象に残っています。彼の作品にはものすごいエネルギーを感じるのですが、やはりラジオから聞こえてきた声も同じでした。ラジオを聞きながら、すぐにでも観に行きたいと思ったくらいです。実際に観に行ってみると、言葉で聞く印象を遥かに超えた作品と空間でした。彼がくり返し使う素材のスカラベ、天使の髪などが放つ空気、色、光、何とも言えない美しさと存在感です。特に説明がなくても、その神秘的な魅力にひきつけられます。それと同時に目に入るフランドル絵画。アントワープ出身のヤン・ファーブル自身が今回選んだ北方絵画展示室ですが、彼の作品からボッシュやファン・アイク、ルーベンスなどの作品に対する彼なりの解釈、表現が見られます。それによって今までとはちがった新たな息吹が感じられました。14、15世紀の北方絵画展示室がルーヴル美術館の中でもわりと好きなところなのですが、今まで自然に持っていた500年、600年分の距離感のようなものが縮まったようにも感じました。ヤン・ファーブルの作品に血や骨も使われているのですが、かつてのフランドル絵画にも砕いて粉にした骨や血が使われていたそうです。彼が引き継いでいるであろうフランドルの精神、伝統が見えてきます。そして彼の曾祖父は「ファーブル昆虫記」の著者、アンリ・ファーブルであることも有名ですが、その血を受け継いでいることも彼の作品の個性を際立てているように感じます。観に行った日はナントの美術学校の同級生と会う約束があったので、半分観て出てきました。また、続きを観に行けると思うとワクワクします。その友人の話だと3区にある狩猟博物館にもヤン・ファーブルの作品があるそうです。他にも、色々な展示物があって、人もほとんどいないし、1日のんびりいて、スケッチしたり出来るから、お勧めとのこです。こちらも近々行ってみようと思います。ラジオ以外には、やはり友人達のお勧めを聞くのも素敵な展示に出会う秘訣だと思います。










fu-chi.net





2003年のはなしです。
キュレーターをしている友人のドミニックから一つの提案がありました。
Melleという町で開催される 展示、" FESTIVAL INTERNATIONAL D'ART CONTEMPORAIN"への参加の誘いでした。
Melleは 人口 4000人に満たないくらいの町ですが、とりわけアートに力を入れていて、1990年頃から 二年に一度アーティストに発表の機会を与えてきました。
2005年からはビエンナーレと題されています。
2003年にドミニックがキュレーションを担当してからは少し変わって、ただ町に作品を置くというのではなく、そこに住む 人々の生活にみごとに浸透させていくというものでした。
日々の生活の中で、 人々の間の潤滑油になったり、普段なにげなく在るものを今までとは違う視点で見るきっかけにな る、そんな“アート“の可能性に気付かされました。
町の教会、図書館や 商店、様々な施設で38人の作家の作品にふれる事が出来ました。
最初はおっかなびっくり だった町の住人にもじわじわと馴染んでいったようです。
さて、私ですが、パン屋さんと何かできないかしら、と持ちかけられま した。
その提案を聞いた時はものすごくうれしく、ワクワクしたのを今でも思 い出します。
もちろん,「よろこんで参加させてもらいます」と答えました。
いくつかのプロジェクトを持って事前にそのパン屋さんに会いに行き、 展示直前に1週間ほどパン職人と試作の時間を持つという段取りで進められました。
私は包装紙から、パンの酵母まであれこれと実験を試みましたが、結果的にはお米入りのパン、餡入りブリオッシュ、パンでできたアクセサリーをつくることに決まりました。
開催される二ヶ月間 販売される事や必 要な材料の調達の便などを考慮してドミニック、パン屋さん、そして私で最終案 を決定しました。
日本ではお米が主食とされて来たわけですが、パンが伝来し、 それをどのように人々に広めようかという時、中に餡を入れることを思いついたのだとある時知りました。
そんな日本のパンについてのエピソードの話しをしてい て、餡を使う事を提案しました。
そして、お米入りのパンは単純にお米とパン生地を混ぜ合わせました。
ドミニックからは私が日本人であることも意識してプロジェクトを考えてね、と言われていたのでした。
パン 屋のオーナーであるエマニュエルが、それを稲穂の形にし てくれました。
このパンは食事にも合うと好評だったのですが、恥ずかしながらも sachikoと言う名前で売り出されました。
餡入りブリオッシュの方は、中身はチョコレートで すか?なんて言う声も聞こえてきたり、好きな人はすごく美味しいと言う感想で、小豆と 知ってしまったとたんに複雑な顔する人もちらほらといました。
味覚とは奥が深いもので、今まで経験した食にまつわる感覚が蓄積され ているように思います。
あるものがふわっと何かを呼び起こす きっかけになる、そんな一面があります。Melleという町で餡入 りのブリオッシュを噛みしめて、数年暮らしてきたフランスでの日々を 象徴する味のように感じました。
そして、Melleの人々は、そんなパンをどのように感じたので しょう。
パンでできたアクセサリーをつくることに関して考えた ことは、“パン”というものはお腹に入り身体の一部になっていくのが 当たり前ですが、それをを別の方法で身体の一部にすると いうこと、それを他のパンと並べて売ってもらうということで す。
売り子さんにもパンのピアスをつけてもらったりしました。
大変好評で思いにもよらない売り上げがありました。
既成のパンの概念を覆すものが売れて行ったのですから、エマニュエル もおどろいていました。
パン屋さんと同じ早起きの一週間、色々な事を学びました。パン職人を 目指していない限りは見れない世界だろうし、職人さん達、そしてこの町の人々と一緒に過ごした
時間は忘れられません。

ロゴや封筒を見てはカッコイイなぁと思っていました。
ところが最近そのロゴがリニューアルされたのです。
世の中、変化していくのが当たり前ではありますが、何だかさみしい。
そして、麻の手紙回収用の袋もナイロン製になったとの情報。
友達と今のデザインのものがどんどんなくなっていくんだよねと話していました。
一般的にフランス人はポストのロゴに注目しているなんてことはなく、どちらかと言えば“ダサイ”と思っているようです。
捨てられる運命にあるボロい麻袋が欲しいなぁと思いました。
そこで、”私はポストのものが大好きで集めてます。麻の袋を汚くてもいいので譲ってもらえませんか?”という手紙を思いきって出したのです。すると”あなたのコレクションのために”と麻の袋、おまけにカード入れ、ボールペン、キーホルダーを送ってくれたのでした。
かなり不思議な要望だったと思うのですが、好きだと言う気持ちを伝えたことでこんなふうに答えてくれる人達がいるのだと思うとすごく嬉しくて、顔がほころんでしまいました。
そして、”ジルとジャン・リュックからです”という手書きのメッセージもありました。
今、この喜びをどのように彼らに伝えようかなぁと考えています。
最近、街に設置されている郵便ポストの形も少しずつ変わっているし、2005年にはマリアンヌの切手のデザインも変わったのです。
変わった時は変だなと思いましたが、日が経つにつれてそれが普通になっていきます。
そしてある日、古い方を見て、なんて古くさいのだろうって逆に違和感を感じるのです。
人の感覚とそれにじんわりと浸透していくデザイン、そして過ぎ去っていく時間はとても興味深いです。
そこには何か独特な空気があります。
派手な野菜はないのですが、活きのよい季節の野菜達が並んでいます。
ほとんどの人が常連さんのようで、スーパーの袋やマルシェかご持参の人が多いのです。
中には自分のリュックサックを差し出し、土の付いたジャガイモやら人参やらを直接入れてもらっている人もいます。
待っている列の中でじっくり観察していたのですが、、、いろんな愛情が行き交っているのです。
おじさんの作業を減らす為に自分で野菜を袋に入れたり、余分に袋を持って来て皆の為に置いてったり、そんな中で私は人参3本、ジャガイモ5コ、玉葱3コ、カボチャ一切れ、、と言う風に買い物をします。
今の家に引っ越してもうすぐ3ヶ月になろうとしています。すぐ近くに教会があり、その周りに週に二回マルシェがでます。
そこで野菜を買うようになりました。”農家のおじさん”がやっているスタンドに行くのです。
そこの前を通ってすぐ、他とは少し違うと感じたのでした。
常に行列が出来ていますが、みんな和気あいあい、自分の順番を待ちながらそのおじさんを囲みます。
一生懸命作った野菜を扱うおじさんの手が良いよねと、ここを教えてくれた友人は言っていました。
てきぱきとその手を動かしながら、おじさんはお客さんと会話を弾ませます。
そこのお客さん達の心遣いは見ていて気持ちがよいもので、よいものは真似しようという感じで皆がしているように思います。
来週は私も袋を持って行こうか、、、不思議なものでそうしたくなってしまうのです。
今日は人参のサラダ(生のままおろして、くるみのオイルと,お酢、砕いたくるみなどと混ぜたもの)を作り、ジャガイモはシンプルにオリーブオイルとにんにくで炒めてみました。
人参もジャガイモも甘みがあってすごくおいしいです。
その“おいしい”は自然の力と人の手の温もりの集まりのように感じます。
そして、私が使っているオイルは地方にいる友人から毎年いただく手作りのものです。
くるみを拾いあつめて、年に一度(ちょうど今頃)オイルを作るそうです。
そのくるみのオイルはなんとも香ばしくおいしいのですが、作る際に挽いたくるみにパンをつけて食べるのが最高においしいと話してくれました。
いつかお手伝いがてらお邪魔して、そのパンを食べたいなぁと思っています。
オリ−ブオイルもそのまた友達の 南仏の家のオリーブで作ってると言うのです。
色々なものが作れるのだなぁと感心しますが、きっとそれぞれの地方で出来るものでごく自然に作られて来たのではないかと思います。
なんでも人の手の温もりがあるものってすばらしいです。
そしてその温もりはほんわかと心まで届くのです。
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先日うれしい小包が届きました。
ポスト(郵便局)からです。
何だろうと開けると、ああーっと思い出しました。
実はポストに手紙を出していたのです。
私はポストが好きで自分の口座も銀行ではなくポスト、毎月送られて来る明細の
だんだん暖かくなり、日も長くなってきました。
夜の9時でもまだ夕方のような明るさです。
うっかり時計を見ないでいると、あっというまに時間が過ぎていて、すっかり帰りが
遅くなってしまうこともしばしば。普段私は自転車で移動しています。
なので、たまにメトロを使うとすこし窮屈に感じます。
そしてせっかくの景色が見えないのはもったいない。
車道を走るので常に危険がともなうのですが、パリでは自転車はとても便利だと思い
ます。
自由に時間も乗り換えも気にせず自分の力で移動できるところが好きです。
その日にあったことや、人のことなんかをぼんやり考えながらペダルをこぎ、家路に
つくのが習慣です。先日は天気があまり良くなかったので、しかたなくメトロで出かけました。
帰る頃にはすっかり青空が出ていて、またメトロに乗るのは惜しい、ちょっと歩いて
途中からメトロに乗ろうと思い、歩き始めました。
まだ明るかったのですが、時計を見ると8時過ぎでした。
そんな時間とあって人は少なめで、のんびりと散歩をする人々にすれ違うくらいでし
た。
夕暮れ前のやわらかい空気がフィルターとなって映画を観ているかのような気分で
す。
もう何十回と通っている道がとても新鮮に感じました。
すごくきれいな花が咲いていたり、通り過ぎる車の音に混じって鳥の声が聞こえてき
たり、普段気付きもしなかった風景がそこにありました。
大きな空を目の前に歩いていると何かがジーンとこみあげてきました。
街全体が青みがかった光につつまれて、美しい。
少しずつ変化する雲のいろ、、なんだかちょっと感動です。
そして、何も急ぐこともないんだなと思い、のんびりと歩いて帰りました。
日々の生活のなかで見ていることは限られていたんだということ、目の前の人やもの
に気をとられて、”街”って見てなかったということに気付きました。
ゆったり2時間歩いて、パリのことが少しわかったような気がしました。
この季節の夜の散歩は何とも言えないふしぎな魅力があります。
自炊してるの?とか普段どんなものを食べてるの?と聞かれることがあります。改めて聞かれると和とも洋ともつかない日々の食生活をどう表現すればいいか戸惑ってしまいます。私はパンが大好きなので、買って食べ出すと止まらなくなってしまいます。それと、やはりパンと一緒に食べるものは和惣菜というわけにはいきません。日本人なので、きっと和の食事が身体に合っているのではないかと思い、ここのところ、ご飯を主食にしてきました。おかずも沢山作れるわけではないので、少しでも栄養が摂れるようにと、玄米にしています。
そして、甘いおやつもどうしても食べたくなります。フランスはおいしいおかしがたくさんありますが、 餡も好きなので、たまに小豆を炊いたりします。
アトリエから1分もかからないところにアルジェリアのおかし屋さんがあります。ガラス越しに見える山積みのおかしを見ているだけでうっとりしてしまうのですが、食べてみると結構おいしいのです。ちいさな宝石のようなおかしは日本のそれに通じる美があります。アルジェリアには行ったことはないので、その国はではどのようにお茶が飲まれて、おかしが食べられているのか知らないのですが、こんなふうに一軒のおかし屋さんからアルジェリアと言う国の文化を知りたいなという思いが生まれるのでした。そして、そこのモナというオレンジの皮がちらほらと入ったブリオッシュがまたおいしいのです。



作品を作るために通っているアトリエの主はギリシャ育ちです。(Basic Life 4/アノニマスタジオ刊に載っているユリースさん)。ある日、アトリエでお昼を食べている時、ユリースさんがスライスしたパンドカンパーニュにヒューっとオリーブオイルをまわしかけて食べているのを目にしました。“へー、そうやって食べるんだ?”と聞くと、子供の頃おやつに良くこうやってパンを食べてたと言うのです。ちょっとしたことではありますが、そんな食の習慣にすごく興味を持ちました。そして、そんな話を聞いている先からオリーブの木がある風景を想像してしまいました。
アトリエで会う人々もいろいろな国の人がいます。集まって持ち寄りで食事をすると見たこともないような料理があって、しかも手作りでおいしいのです。
食を通してそれぞれの国の生活、文化を垣間みることが出来るし、また食というソフトな媒体だからこそ交換もしやすいのです。
これを書いていて以前Melleという町のパン屋さんで展示をしたことを思い出しました。また別の機会にその時の話を紹介したいと思います。









今年の夏はあっと言う間に終わってしまいました。7月のなかばにギュッと凝縮されたような暑い日が2週間ほど続いたのですが、8月は涼しく、あれーっと拍子抜けでした。続く暑さに備えて長く伸ばしていた髪の毛も
ばっさりと切っていたのですが、、、。暑い日には夕涼みの散歩によくでかけました。今年の夏に出来たばかりの“シモーヌドゥ ボ−ヴォワール橋”の辺が私の散歩コースの一つでした。それは12区のベルシー公園と13区の国立図書館を結ぶ少し不思議な形の橋です。国立図書館から橋へと床が木で張られていて、歩く感触がなんとも心地よいのです。橋の上でピクニックをしている人々もたくさん見かけました。その橋からセーヌ川を見ているとぽっかりと浮かぶプールを発見。夕暮れ時に輝くその箱状のプールはなんとも魅力的で、すぐにでも泳ぎに行きたいと思ったのですが、長蛇の列でした。あらためて、友達も誘って泳ぎに来ようと思いその日は帰ったのです。それから様子を窺っていると、パタッと夏日は終わってしまったのでした。
今年はトラムウェイも作られ、パリの景色には少しずつ新しいものが加わっているようです。これからどんどんと変わって行くのでしょうか。そう思いを巡らしていると、オルセー美術館で見た一枚の絵を思い出しました。1855年の気球から見たパリの絵です。その頃はまだエッフェル塔が建設されていませんでした。 建設された
当初は多くの人がエッフェル塔に違和感を抱いてたということですが、エッフェル塔がないパリはなんとも気が抜けた風景に感じてしまいます。
もう一つ、この夏のことです。“パリ ジュテーム”という映画が公開されました。 国籍も様々な18人の監督によって撮られたオムニバスです。 実はエキストラで私も参加しました。映画の中でちらっと写るポスターのモデルでした。その撮影ではカツラもかぶり、どぎついメークもしたのですけれど、、、。18のパリにまつわる話の中で、好きな話も、あまりピンと来ない話もありましたが、もりだくさんで楽しめました。それぞれの人にとっての“パリ”があって、日々、いろいろな想いが交差しているのです。




寒くなるまえに、と先日は“vide-grenier”をしました。直訳すればグルニエ(物置)を空にすること、必要でなくなってしまったものを売る “フリーマーケット”です。今回はパリ13区の街路樹ある歩道でした。2mほどの幅を単位として場所代を払い参加します。あちこちで開かれている“vide-grenier”ですが、蚤の市より安く掘り出し物が見付かるかもしれません。私は着なくなった服だとか、靴、小物を売ったのですが、隣にいたフランス人のご夫婦は、まさにグルニエから出てきた古めかしい物なども破格値で売っていました。
今まで、道でものを見つけると拾い、どこかに旅行に行くと色んなものを持ち帰り、常にたくさんのものに囲まれて暮らすのが当たり前でした。ところがここのところ、その収集癖に疑問を持つようになりました。持っていると言うことだけに満足して、十分に活用していないもの、愛着があるのだけれど、あまりに使いすぎてぼろぼろになっているもの、これらをすべて抱えてはいられないだろうと思ったのです。
初めてフランスにやって来た時は大きなリュック一つと両手に持てる物だけだったのですが、気が付くとものすごい量の荷物になっています。初めは本当にものがなくて不安になったのですが、今は逆にものが多過ぎて気が重くなります。ちょっと置かせて、と頼める家族がすぐそばにいるわけではありませんし、、、。そして、物質と精神のゆたかさは必ずしも比例してないと思うところがあったのです。こんな時にこ
の“vide-grenier”は大活躍です。捨てるわけではないのでその物は無駄にはならな
いし、少しですがお金になります。部屋も心もすっきりです。

一方で“愛着があるのだけれど、あまりに使いすぎてぼろぼろになっているもの”についてはやはり処分するしかないのですが、思い出もいっぱい詰まったものたちをポイッとは捨てられません。そこで、私は気が付くとお別れの前に写真を撮っていました。私は元々高校では服飾、大学では彫刻を専攻しました。写真の勉強をした事はないのですが、ここ4、5年表現の手段として手探りですが、よく写真を使っています。写真には心に響く“なにか“があるからです。思い出の詰まったものを撮った写真はじっくりと見ているとじわじわと色々な思いが浮き上がってきます。紙一枚にのっかった深い、深いイマージュです。中でも2003年に撮っていたTストラップの靴の写真には不思議な魅力がありました。それから人に見てもらったり、いろいろと意見を聞いたりしてきましたが、自分ではそれが何かはわからず、ずーっと眺めてきました。履き古した靴は持ち主の日々の生活が刻まれた美しい彫刻のようです。そう感じてから靴を中心に写真に収め始めました。
今年の夏にふらっと入った靴屋さんで交わした会話がきっかけで、撮りためた写真を見てもらいました。するとすぐに興味を持ってくれて、そこの靴の写真を撮る事になりました。新しいものではなく、デザイナーやその家族などによって既に履かれた靴です。それが今そのお店に展示されています。2007年の初めくらいまでは展示される予定ですので、もしパリの9区に来られることがあるようでしたら、覗いてみて下さい。Karine arabian /4,rue Papillon 75009 Paris (10h-19h日休)
www.karinearabian.com

10月の最終日曜日に夏時間から冬時間に変わりました。
これまで、1日が25時間あれば良いのに、と思った事が幾度かありましたが、まさにこの日は25時間になったかのような気分です。夏時間に変わる3月末は1時間の早起きが結構つらかったりしますが、、、。
年に2回時計の針を一時間動かすわけですが、毎回不思議な感覚を覚えます。
これまで、 映画の時間に遅れてしまったり、バスを1時間余分に待ったり、3日くらい気付いてなかった!なんていうこともありました。
今回は友人に確認の電話をして、カレンダーに書き込みました。何年たってもこの時期は落ち着きません。
日が経つにつれてじわじわと身体も慣れていくのですけれど、わりと早起きが出来る今日この頃です。
時差のある国へ旅行する時もそうですが、この“時間“という数字に合わせて生活していることを改めて実感します。
最近ラジオで聞いたのですが、フランスでこの政策がはじまったのは30年前のことらしいです。
おかげで人口20万の町の1年分の消費量に値するエネルギーが毎年節約されているとも聞きました。だいぶ冷え込むようにもなりました。 着実に冬が近づいているようです。
涼しかった8月のせいでしょうか、うちの庭トマト達は緑色のままです。 赤くなるのを今か今かと待っていましたが、最近、所々に茶色いシミのようなものができてきてしまい、そのまま置いておくと全滅してしまいそうです。緑のままですが収穫する事にしました。すると暖かい部屋の中でだんだん、黄色、オレンジ、赤と色づいてきました。
他には数種類のハーブ、さやいんげんを植えたのですが、庭の野菜が食卓にのぼると何とも言えない感動です。
種をまいた春を思い返すと実がって食べれるようになったことが魔法のようです。
ちょっと遅めのトマトですが、じっくりと味わいたいと思います。
今年初めて挑戦した家庭菜園でしたが、 種をまいて水をあげているだけでぐんぐん伸びていったのでした。その成長ぶりを見るのが楽しみでした。そして植物が持っている“かたち”の美しさに見とれてしまって、ぼーっと庭にいることもよくありました。水やりをする夕暮れ時には隣のおばあちゃんも出て来て、“元気?”とたわいない世間話を始めるのも習慣になっていました。寒くなってそんなこともなくなると少し寂しいような気持ちになります。
街のあちらこちらでクリスマスのライトアップが始まりました。
これを見ると、あぁ今年も終わりだなと言う気分になります。
市役所、商店街、街路樹と色々なところで目にします。
光の魅力とは不思議なもので、心を奪われたかのように見入ってしまいます。
すっかり日も短くなって、沈みがちな 気持ちもキラキラした光に照らされると、ぽーっと明るくなるのです。
12月に入って、街角ではモミの木を売り始め、お店ではクリスマス向けの商品が並び、一気に景色が変わったのでした。
先日はちらりとデパートをのぞいてみました。
クリスマス前の買い物に来ている人で賑わっています。
友人と話をしていたら、贈り物リストをつくって、もう準備をしているとのこと。
そのリストのものが揃わないと落ち着かないと言っていました。
この時期はそんな急ぎ足でプレゼントを探す人達でいっぱいのようです。
何を人に贈ったら良いか、というのはなかなか難しいと思います。
好みや、何か必要としてるものがあるんじゃないかと普段からよく見ていないと見当がつけられないはずです。
自分の好きなものとか色とか、集めているものを日頃から主張していることも大切よ、と言っていた友達がいました。
なるほど、、、何年か前にその友人からは、ビスケット216枚入りの缶をもらったことがあります。
おそらく、私のお菓子好きと箱や缶を集めていると言うことが彼女のアンテナにひっかかっていたのでしょう。
ここのところあまり寒くはないのですが、天候には恵まれず、わりと雨の降る日が続いています。
そして吹き飛ばされそうなくらいの風です。
家から見える姫りんごの木には、あと数十枚、数えられるほどの葉っぱしか残っていません。
大風が吹く度に残っている葉っぱを見てしまいます。
ついこの間花が咲いて、実が生っていたような気がするのですが、、、日に日に時間が経つのが早く感じます